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成功のみを真似する者は失敗する

エッセイ ビジネス 自己啓発

 

巷間に溢れるビジネス書、自己啓発本

 

自分はこの類の本が好きで、よく読む。

 

どのようにすれば成功するのか。

そんな内容を読んでいると何だか自分もできそうな気がしてくる。

 

けど、ふと考えて見ると

失敗談、もっと言えば失敗の分析が少ない。

 

成功方法を読んでいると同じところもあるのだが、契機となる出来事はだいたい違うのだ。

 

成功への姿勢に法則性はある程度あるものの、

成功する方法論には一貫性がないのである。

 

数少ない失敗の分析を見てみると、これまた面白くて、こちらにこそ方法としての一貫性がある。

 

多くのビジネス書は、この失敗の法則に引っかからないよう、著者の考え実践してきた成功方法を声高く叫んでいるのだ。

 

だから、成功を描く本を読むことが間違いではないと思う。

けど、やはりもっともっと失敗に重点を置いたものを読みたい。

 

「これは絶対に失敗する」というものがわかれば、そこからは本人による試行錯誤の繰り返しだ。

 

同じ方法での成功は、同じ社会においてはそうなんだも通用しない。

 

だからビジネス書を読んで二番煎じになった時点で負けているのだ。

 

実際本になっている時点で二番煎じにどころか、使い古され通用しづらくなってしまうレベルのものも多々あるはずだ。

 

結果、通用しなくて本のせいになんてしてしまうのだから、何とも言えない切なさが出てくる。

 

先人たちは何を残したか。

それは無数の成功の歴史と法則。

そして、無数の失敗の歴史と、いくつかの失敗の法則だ。

 

失敗をいかにして学び、成功に結びつけるか。

基礎をなす全体は失敗だ。

 

成功できるかどうかは、失敗の歴史と法則をどう使うかにかかっている。

 

 

◯追伸

ビジネス書の書評も時間があればやっていこうと思います。

もし可能ならば、企業のマネージメント分析も。こっちは本当に時間ができたらで!笑

春が近づき、皿の上も華やかに

料理

今日、スーパーに行くと、春キャベツと新玉ねぎが目に付いた。

 

少し前、よく行く立ち飲み屋で出してもらった野菜スープを思い出して、春野菜?でポトフ的なものを作ることにした。

 

そして、なかなか安い鶏胸肉を発見。

こっちはニンニクとネギとオリジナルソースで、ヘルシーな鶏ハムを作ろうかなと思う。

 

なので、今日の晩御飯は

 

春キャベツ、新玉ねぎ、人参、マッシュルーム、ミョウガとあらびきウインナーで具沢山スープ

 

 

甘辛醤油鶏ハム

 

これで食料に二、三日目は困らない。

 

大学生になってからというもの、こうやって料理をして自己満足に浸る時間は大切な癒しになっている。

 

人間はなかなか成功しない大きなことに悩んでいる時、小さな成功があると安心するらしい。

 

大きかろうと小さかろうと達成感は得られるのだ。

 

就活で忙しいのだけの、料理だけは定期的にちゃんとしようかなと思う。

 

そして、料理ができることは意外と女の子ウケがいいのだ。

 

大学に入って初めて気がついたこと。。。

 

下宿生だから必然的に自炊する。さすがに、毎日外食できるほどお金に余裕はないし。。。笑

 

めっちゃめっちゃモテる。

なんてことは全然ないんだけど、料理を作ったら喜んでくれるのは嬉しゅうございます。

 

女の子が来る時は、ちょっと奮発していいもの作ってしまうあたりが、なかなかにダサいのだ。。。

 

けど、食材選んだり、何作るか考えたりする時間は自己満足ながらカッコつけながら、なかなか幸せ笑

 

他人のために頑張る!なんて言ったり思ってみてるものの

 

客観的に見ると自分が楽しむために一生懸命なのだ。

 

誰にも迷惑かけないし楽しいしいっか!と思った日曜日昼下がりのスーパーでした。

 

一週間のインターンも終わり、やっと一息。

さー。就活頑張るぞー。3月解禁こわいよー。

 

おーわりっ!

 

 

就活日記② 「私たちは商品である~養殖魚のような人生~」

就活

 

ここ数日で、インターンもあり、面接予定も入ってきている。

 

インターンでは、会社説明がある。

そして「社会人」に必要な姿勢と技術を認識するために、ワークがある。

 

業界や会社説明は非常にわかりやすく、勉強になる。

グループワークや個人ワークも、恐ろしく意味のある時間だ。

 

ワークでは、会話するときに必要な観点や、タイムマネージメント、仮説力、提案力、合意形成能力などなどなどを具体的に指導される。

 

ぼく自身、ビジネス書や自己啓発本といったたぐいはよく読む。

けど、読みっぱなしで、意識せずに行動してしまっている。

 

ワークはそれを意識させながらの小さな実践だ。

なるほど。そりゃ、非常に有意義なわけだ。

 

なんて、思っていたら、少し違和感が湧いてきた。

 

確かに能力として持っているに越したことはない。

しかし「社会人」のあり方が非常に狭いのだ。

 

どう狭いかと言うと、礼儀や様々な能力の必要性を説かれるとき、すべてに「企業活動のために」と言う前提がついている。

 

商談相手に嫌な思いをさせてはいけない

顧客に商品を買ってもらうために

より良い関係を気づくために(顧客を逃がさない)

 

なんて、耳が痛くなるほど聞いた。

し、これからも聞き続ける。

 

結局、多くの人が言う「社会人」は、企業活動の上で邪魔にならない人間を指していた。

 

日本は資本主義国だ。

というより、世界のほとんどの国は資本主義の原理原則にのっとっている。

 

資本主義は、利潤最大化を前提とし、競争を行わざるを得ない。

 

だから、企業社会から求められる「社会人像」はしょうがない。

なんて言いたくはない。言わないと受からないから言うけど。。。

 

なんか、私たちが予定調和で、量産されている人間だなんて嫌だ。

個を否定するわけではないけど、企業側から見たら、私たち就活生はスーパーの棚に並んだ商品みたいなもんだ。

 

お金を払うから、よりいいものを買いたい。もしくは、より安いものを買いたい。

なんて、自分が買う側だったら思うだろう。

 

だから商品の質を最低ラインは均質化しているんだ。

学校教育や家庭教育、受験、就活を通して、企業社会の望む人間に育てられてきた私たちの人生が何よりもの証拠だ。

 

 

なんだか、おいしくなるように育てられた養殖魚のようだな。

 

 

養殖魚は食べるために育てられる。おいしく調理されることもあれば、廃棄になることもある。

私たちは、利益を出すために育てられた。安定した人生を歩むこともあれば、使いつぶされて命を絶つ人もいる。

 

極論だけど、すごく似ている。

その囲まれた網の中で、いかに有意義に暮らすかしか考えれないなんて、おもしろくないなー。

 

 

○追伸

なんか中島みゆきの「ファイト!」を思い出した。

 

暗い水の流れに打たれながら魚たちのぼってゆく

光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから

いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね

やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく

 

勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの

出場通知を抱きしめて あいつは海になりました

 

ファイト! 闘う君の唄を

闘わない奴等が笑うだろう

ファイト! 冷たい水の中を

ふるえながらのぼってゆけ

 

 

出場通知は受験票。

就活のときに聴くと、そうにしか聴こえない笑

 

就活に疑問を抱こうとも、そんなこと言ってたらどこも受からない。

わかってる。しんどくても仮面を被って、舞台の上で踊ろう。

 

手のひら、という舞台の上で

跳躍すれども、土台はガラス造り

エッセイ

 

志を持っている人はたくさんいる。

 

後は、志のを胸にジャンプをすればいいだけだ。

 

だけど、自分たちがいる社会はまるでガラスのよう。

 

強く硬く重い志を持って跳躍すると、ガラスの土台は割れてしまう。

 

だから、みんなジャンプしなくなる。

だから、志を外して軽くする。

 

多くの人が生きて行くために、志をどこか違うとこで保存し、もしくは跳ねないようにしているのだ。

 

奨学金、学費、アルバイト、家庭環境で若者は思うように飛び上がれない。

非正規、家族、人間関係、ローンで自立し働いている人も飛び上がれない。

 

北方謙三の『三国志』で諸葛亮孔明臥竜として描かれる。

 

龍が身を潜める姿勢は、空高く跳躍するための準備なのだ。

 

今の社会は時が来たら、といっても時が来ない。

そして、舞い上がるための地面が脆すぎる。

 

「お金がかかるから」と夢を諦めて来た少年少女、大人たちが大勢いるはずだ。

 

自分が耐えることになれてしまった人は、空高く飛び上がろうとしてる人に冷たい視線を向ける。

夢を見る側から、壊す側に変わるのだ。

 

可能性も選択の自由もへったくれもない。

 

自由に準備をでき、龍が雲を得れる環境整備をしなくては。

「はじめの一歩が肝心だ」なんていうけど、その一歩が踏み出せない空間に私たちはいる。

 

それが次世代に対してだけでなく、諦めて来た過去の自分への責任の取り方だ。

 

 

 

就活日記①「戸惑う就活。止まる思考。進む時間」

就活

 

薄いはずのスーツ生地が、不安と緊張でそれほど寒さを感じさせない。高揚感も少しはあるのだろう。

 

就活解禁の3月1日まであと僅か。

 

実質的には、インターンやら説明会は始まっている。特に意味をなさない「解禁日」に戸惑うばかりだ。

 

初投稿に書いたように、今年で私の就活は2回目を迎える。

どうしても就きたい職業がある。

 

去年は本当にその職種しか受けなかった。

 

ボランティアをしたり、いろんな講演会行ったり、国内外の様々なところで見て来たことを伝えたい。続けたい。

そんなんことを思ったので志望した。もう少し動機と志はしっかりあるのでいつか書く。。。

 

何はともあれ、寒さが残る時期も、15秒もあれば汗をかける真夏も目標を目指して、選考を受け続けた。就活生なら当たり前だけど笑

 

結果、最終面接までいけた会社もあったものの全滅。

 

普通の面接は、不安になりながらいつ連絡くるのだろうとドキドキしながら待っていた。

最終面接は違う。早ければその日に合格通知が来る。

 

下宿先までの電車の中、携帯を握りしめ、呆けたように窓に目をやっていた。

近くから見たらそう見える。だけど内心は気が気じゃない。

 

「家に着くまでに電話こなかったら、なしかもなあ」なんて思ってしまうものだから、

「このまま電車が動かなくなってしまえばいいのに」なんて思っていた。

 

世の中冷たいもので、当たり前のお作法だけど、合格は電話、お祈りはメールだった。

 

諦めかけた頃に、トドメのお祈りメール。どんな物理的な喧嘩よりも「痛かった」と思ってる。

「鬱になっても知らねーぞー!」って社会の構造に向けて、就活というシステムに向けて叫びたいわ!

 

 

 

そんな就活を経験してるものだから、今年はとても不安だ。実体験としての不安と絶望を保持している。

 

努力したら確実に受かる職種ではない。

というより、努力だけでなんとかなる職種なんて滅多にないんだろうけど。

 

何年でも受けれるほど、社会的に恵まれていたら何も思わないのだろうけど。。。家からは今年は絶対に就職とのこと。

 

「当たり前だー!!」と泣きながら叫びたい気持ち。

 

なので今回の就活は、就きたい職種以外も受けることになった。

だからインターン行ったり、いろんな業界や会社の説明会に行っている。他に受けるところをしぼるため。

 

心配なのは、他の会社を受けて、目標を受ける準備がおろそかになること。

 

そんなに容量がいい人ではないので、あたふたしてる。

 

けど、時間は着実に進む。

自分の頭は立ち止まってあたふたしているのにも関わらず。

 

とりあえず、もう少しでインターンがある。

そうやって、受からなかったときのことも考えながら進んでいこうと思う。

 

なんてマイナス思考ばかり何事も成せないのだ!やってるやるしかない。。。

 

志が強くとも、社会基盤はガラス。どうやってガラスの上で高く飛び上がれるのか、試行錯誤してみる。

 

ジャンプ!(しなやかに!)

 

ピキッ

 

。。。。。。?! 

 

 

 

◯追伸

思いついたことを、思い出した感情で、つらつらと書いています。

もう少しまとまりと構成をしっかりしたい笑

 

 

「子ども時代」から「今の私」

昔の話 今週のお題

ブログ初めて二回目の投稿なので、今週のお題「何して遊んだ?」にあやからせていただきます!

 

燃えるような夏の暑さの中、網を持って色んな場所に行った。そして、ポケットの中にはゲームボーイが入っていた。

 

中学校に入学してからは、テニスばっかりしてたから、小学生の時のぼくの遊び方だ。「ゆとり世代」と言われる自分には遊ぶ時間はたくさんあった。

 

小学校になったころに、携帯ゲーム機なるものが流行り出す。ポケモンには全力で取り組んでいたものの、今のようにスマフォゲームもなければ、ゲームカセットを買うのにすら手間がかかる時代だった。

 

今でさえ、一時間に一本電車が来たらいい方の地域が実家だ。小学校低学年のころは、ゲームカセット一つ買いに行くにしても、車で一時間以上走らせたところにあるデパートのおもちゃ売り場だけだった。

 

だから、ほとんどの時間は外で遊ぶ。

大人数で遊ぶときは鬼ごっこやけいどろ、少数精鋭部隊になると山に入って虫を取り、川に入って魚を乱獲していた。門限を破っては怒られてばかりの毎日だった。

 

川も山も正直今思い出せるのは嫌な思い出。というよりは、嫌と言うほど思い出に残る出来事かな。

 

○緑に囲まれ、衝撃的運命的出会い

 

クワガタが何としても欲しいと思ったぼくたちは木に穴の中に蜂蜜の仕掛けていた。噂でもよく取れるという場所。

テレビに出てきそうなほどの豊かな自然。シチュエーションには問題ない。木に登って、餌を仕掛けた穴の中をのぞく。

 

やっぱりね!!クワガタいたぜコンチクショー!!

いっしょに行った四人で超大盛り上がり。

 

誰のモノになるかは、じゃんけんだななんて思いながら取り出すと刺激的な音がした。

 

「ブーン」

スズメバチも手とともに召喚。

 

お食事の邪魔をしたようで、非常に怒っておりまして、アニメのように追いかけてきた。全力で走ると追いつかれることなく逃げ切れた。苦い思い出。けどいい思い出。

 

○川なんだけど魚じゃない

 

川に魚を捕りに来ていた。ハヤやコイがいる。ある程度とって満足していた時、河原で動くものを見つけた。

 

ヘビ。

 

田舎の少年たちにとってヘビはかっこいペットの象徴である。

神話で出てくる神聖な生き物だなんて知らないぼくたちは、かまれないように弱らすことから始めた。

 

まずは尻尾を捕まえる。そして、カウボーイの要領で振り回す。こうすると遠心力で自分たちがかまれることはない。そして弱ったところを捕獲。

じゃんけんの結果、家が漁師のやつが権利を獲得した。

 

大切にバックにいれる。

本当ならば、ここで一件落着なのだけど、暇になってみんなでヘビとじゃんけんすることになった。正直今考えると意味が分からないのだけど、何故かそうなった。

 

一人目は漁師の息子。

ここでヘビとのじゃんけんのルールが決まる。

 

「じゃーんけーんほいっ」

の掛け声とともに、彼の出したチョキの先にヘビがかみついていた。

 

「負けた」なんて言って泣いている友達。幸い毒蛇じゃなかったらしく、命に別状はなかった。

「お前が持って帰ろうとしたから天罰が下ったんだ!」の決断を出した自分たちを今思うとおバカすぎて情けない。。。

 

○生物収集からゲームへ

 

小学校高学年になるにつれて、ゲームが普及していき、外で遊ばなくなっていった。なんか今思うと切ない瞬間だ。

実際に生身で喧嘩していた時の「痛い」はゲーム内のキャラクターが攻撃を受けての「痛い」に変わり、狩りに出て手に入れたものは、虫かごや水槽からゲームカセットのデータに変わった。

 

つまり、リオレウスがクワガタにとってかわったのだ。

 

やってることは変わらないのかもしれないのかもしれないが、ゲームという仮想空間を通したものに代替していった。

友達関係も、同じゲームで遊ぶ人が優先的になった。ぼくは運よくゲームを持っていたけど。買えない人はどうしたらいいんだよって今は思う。

 

現実ではなく仮想空間が大切になっていった時代がちょうど自分の少年期だったのだ。

 

なんだか、自分たちが仮想空間を支配しているのではなく、仮想空間の内容によって自分たちは規定づけられている感覚すらある。

 

世知辛い世の中だ」なんて言ってしまえば、現実がより空虚になるだけなのかな。。。

 

○最後に

 

子ども時代の体験や環境に変化は、記憶に残っていなくても後々影響する。

 

何をどうしたらこんな人間になる!みたいな確実な話はないが、その経験から無意識的に行動し喋るのは疑いようがない。

 

だからこそ、今の子どもたちにはできるだけ現実世界を舞台に遊び、現実世界でつながっていてほしい。

 

偉そうに言ったけど、今の自分にとってかけがえのない友達の大部分は、そうやって一緒に空間と共有し、向き合ってきた人だから。

なかなか、縁は切れない。

たとえずっとあっていなくても思い出話に花を咲かせて、おいしいお酒が飲めるのだ。

 

何が正しくて悪いなんて決めれはしないけど、自分にとっては心地よい生き方だと思う。

 

おーわりっ

 

○追伸

 

文脈のない話かつ、偉そうな話を書いてしまいました。

反省反省!

 

 

初めての投稿!

自己紹介

   はじめての投稿です!

 

いろいろなことを書きたい思いが強く、コンテンツは迷走ぎみになるとおもいます。。。

 

何となくですが、予想がつきます。。。

 

旅行に行ったり、写真撮りまくったり、おいしいお店ふらふらと探してみたり

ビジネス書や自己啓発本から政治や経済、哲学の本を読んだりです。映画についても書きたいなんて思ってます!

 

もし目に留まった方には、お付き合いいただければ幸いです。好きなコンテンツだけでも!

おそらく、経済や政治を見る視座は好き嫌いがあると思うので、すらっと流してください笑

 

自分の社会的立場はと言うと。。。

 

現在は就活生。しかも二年目です。

どうしても行きたい職種があってなんていえば、響きは良いのですが。。。

努力がたりてないんです。自分で言ってしまっては元も子もないのですね笑

 

あ。こんな努力とか言ってしまっているんですけど、基本的には自己責任論の立場にはたちません!

 

定期的に就活体験談がリアルタイムで入ると思います。

せっかく誰かが読んでくれているかもしれないブログなので、愚痴みたいにならないよう善処します!善処です!善処!

 

おそらく、自分の置かれている状況や環境と、モチベーションで書くこと色々変わると思いますが、よろしくお願いします!

そして、ブログ初心者なのでお見苦しい使い方をしないよう、少しはブログの勉強もしてみます!

 

うお~。ブログ頑張るぞ~!!

 

なんて、言ってまた浪人や、興味のないところで働くようになってしまったのでは洒落にならないので。。。

 

ブログよりも就活頑張ります笑

 

もう一度!よろしくお願いいたします!

 

追伸

 

stake everything の意味は乾坤一擲だったはず。